化粧しないのは悪いこと?やっぱりするのが常識なの?

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化粧しない

ときおり、「なぜ人間(特に女性)は基礎化粧とかメイクとか、色々やらなければならないんだろう」と考えることがあります。あなたはどうでしょうか?同じように考えたことはありませんか?

よく考えてみると、不思議ですよね。そこらへんにいる猫や犬、そしてネズミだってイタチだって鳥だって、動物園にいる色々な動物だって魚だって虫だって、化粧なんて全くしていません。

なぜ、人間だけ化粧をするのでしょうか?なぜシワやくすみなどの老化を気にし、美肌を目指し、自分を若く明るく見せようとするのでしょうか?

とにかく化粧に頑張る人間

繰り返しになりますが、とにかく人間は頑張って化粧します。朝起きてから、洗顔、保湿、下地、ファンデ・・・・云々。夜も、クレンジング・洗顔をしてから保湿やパックなどに励んだりします。

多くの女性にとっては化粧が「常識」であるし、逆にそれらがきちんとできていない場合は「それはダメ」といって邪悪視します。きちんと化粧していても、肌トラブルがあれば「きちんとケアしてる?」と他人から思われることもあるでしょう。

でも、これって不思議ですよね。人間以外の動物を見てみましょう。例えば、ペットとして飼われている犬や猫。彼らは決して化粧しません。飼い主のエゴで装飾されている子もいるかもしれませんが、基本「しない」のが常識です。

人間に割と近い動物園のサルたちを見ても、化粧なんてしていません。パッと見では、オス・メスの区別もしづらいはずです。

大きな視点で見れば、人間だけが、なにやらアホみたいに高い金や時間をかけて化粧に励んでいるのです。

突き詰めれば生物学の領域に

私は専門家ではないので詳しいことは知りませんが、生物学が関係してくると思います。ここからは 私の勝手な憶測 なので、まあ、あまり真剣に読まれないでくださいませね(笑)

まず、人間と他の動物たちの明らかな違いっていうものがあります。ここでは、分かりやすいように同じ “哺乳類” である犬と比較してみたいと思います。

* 人間は服を着る。犬は裸(毛)。
* 人間は二足歩行。犬は四足歩行。
* 人間は見た目や性格で相手を選ぶ傾向にある。犬は主にニオイで選ぶ。
* 知能を比べると、人間が高く犬は低い。

まあ、大きくはこんな感じでしょうか。他の動物だと変わってくるかと思います。詳しいことは別途お調べください。

何はともあれ、ここでは「人間と他の動物では大きな差異がある」ということが言いたいのです。

人間の祖先は、力が弱い分知能は高くなり、それでもって文化・生活を発展させてきました。その上で、体も徐々に変化してきたのだと思います。必要な毛がなくなったり、もっと言えば二足歩行になったのも関連事項かもしれませんね。

知能を持ったから、本能が衰退

知能を持つことで、理性が働くようになりますよね。本来は異性のフェロモン(におい)に引き寄せられたはずが、におい以外のところに魅力を見出すようになっていきます。性格とか価値観とかです。

わが家で飼っているオス犬は、(病気のため去勢してしまいましたが)去勢前は、メス犬のお尻に鼻を当ててにおいで判断していました。しかし、人間のオス(男性)は、いきなり女性のお尻のにおいなんて嗅ぎません。そんなことをすれば人生パーにもなりかねませんね。

知能を持った人間なので、本能で異性を選ぶ必要性は薄くなり、共に生活・文化をより豊かに築き上げることのできる「パートナー」を求めるようになっていったのでしょう。もちろん「子孫繁栄」も本能には残っていますが、それ以外の観点もたくさん盛り込まれているというわけです。

じゃあ、化粧は何のため?

「だったら、なおのこと化粧はいらないじゃないか!」と考えたくなりますが、それだとまた不都合が生じます。

豊かな生活を送ったり健康な子孫を生むには、「健康」であることが重要です。嗅覚が優れていればにおいで判断できたかもしれませんが、人間の場合は健康度を「見た目」で判断することになります。顔色が良く、スタイルも健康的であるほど、男性は女性に惹かれるはずです。

人間といえど、動物としての本能はある程度残っているはずです。知性・理性があるにもかかわらず、「顔で相手を選ぶ」というのは、間違いなく本能だと思います。ブサイクが嫌われてしまうのは、ここにヒントがあるかもしれません。

においで判断できなくなったために見た目で判断するようになった。大雑把にいえばそんな感じです。見た目を少しでも健康そうに見せるために、化粧をするのではないでしょうか。

ちなみに、胸に関しても人間だけが気にしますよね。それも、お尻を隠すようになったためだという説があるそうです。胸をお尻と見立てているわけです。また髪も同様です。判断材料が「見た目」ともなれば、女性らしさを醸し出すのは髪もそのひとつですよね。ただ、これ以上詳しい話は私には全く分かりません(^^;)

マスコミの影響も大きいのでは

なんやかんやで見た目が大きなウェイトを占めるようになり、人間は化粧をし続けてきました。これこそ、進化の過程で培ってきた、人間としての「新しい本能」ともいえるかもしれませんね。

でも、そういった本能を利用しようとする者が現れます。それも人間です。彼らは、女性の「化粧したい」という欲求を満たす化粧品を売るようになります。そして、商売の競争相手も現れ、あの手この手を使って売ろうとします。

ここではマスコミの力が重要になってきます。マスコミを介して、自分の商品を知らせようとします。それだけでは競争相手に負けるので、売れるようにするには、女性の美的本能や夢を刺激するような工夫を盛り込んだ商品を開発したりするようになります。

その結果、ありとあらゆる化粧品が生まれ、また女性にとっても、「健康的に見せる」ことより「美しくなること」が優先されるようになり、知らぬ間に、オスに振り向いてもらうための化粧からオシャレも鑑みた化粧となり、女性同士の見えない争いも生まれるようになったのだと思います(オスを振り向かせることを第一目的にするとは限らなくなった、ということです)

むろん、時代を経てゆらぎながら、です。いきなり最近始まったことではないでしょう。それに、住む国・地域の文化やしきたりの影響も大きく受けているはずなので、上記の限りではないと考えます。

「化粧=常識」だが「化粧しない=非常識」ではない

現代では、化粧をすることは常識だと考えられていますよね。「化粧しない人は女を捨てている」とすら考えている人もいるほどです。

たしかに、健康的に見えるようにしたり、魅力的なオーラを出すためには化粧は重要です。知性・理性に溢れるこの人間社会では、ガッサガサの肌の人よりも、美しく “見える” 人のほうが評価は高いはずです。だから化粧(スキンケアやメイク)は常識です。

ところが、化粧をしないことが非常識であるとは思いません。そりゃ、肌が汚かったりすればそれだけ社会からの評価は落ちるだろうし、特に集団生活を好む醜い女性社会では仲間外れになることもあるでしょう。

でも、人それぞれで価値観というものがあるし、化粧なんかより重要なものがあればそちらを優先すべきだし、第一、元々肌が健康的でキレイであれば化粧なんてほとんど必要がないはずなのです。だから化粧をしないことは非常識ではないのです。

ただ残念なことに、人間も、他の動物と同じく老化します。老化すれば、おのずと顔もくすんだり垂れ下がってきたりします。それも、良い意味では「年季が入る」ということですが、ハンディキャップとなるのであれば、ある程度のケアをしたほうが印象はグッと高まると思いますね。

最後に

化粧をしない人はいますが、それは悪いことではありません。化粧することが常識であってもしないことは非常識ではないのです。

健康的に見えるのであれば、人間としての本能を全うする上では何ら不都合はないでしょう。むしろ、化粧をしないで過ごすことができるのであれば、それが理想だと思います。

ところが、人間は単純ではないので “嫉妬” されることはあるかもしれません。だから、その嫉妬を避けるために、肌がキレイでもわざわざ化粧している人もいるかもしれません。

それに、人間社会には「流行」というものもあります。それもマスコミの作り上げる幻想にすぎませんが、流行ファッションや流行メイクが「普通」という扱いになれば、そうでない人は “異端者” として見られてしまう可能性はあります。特に和を重んじる日本では、その傾向が強いような気がします。

人間は、すでに本能から遠くかけ離れたところで生を全うし、化粧に励んでいるのかもしれませんね。

そういえば、クジャクとかも、オスとメスとでは見た目が違います。クジャクはオスのほうがキレイですが、なんか人間と似ていますよね。クジャク社会が人間社会と同じではないのに、なぜ「見た目」で性差があるのか・・・。不思議ですね!ま、何と言っても人間の第一印象はとにかく「見た目」です(笑)

= 記事は以上です =

 
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